翌朝、俺は宮司さんの怒号で眼を覚ました。

「何度言わせれば気が済む!!!『闇神』は決して封印を解いてはならぬのじゃ!!!」

「!!、な、なんだ?」

俺が慌てて飛び起きて外に出てみると宮司さんが中年の男になにやら凄い剣幕で怒鳴り散らしている。

「しかしですね・・・」

「しかしも何も無い!!出て行かんか!!!」

「やれやれ・・・仕方ありませんね・・・ではまた来ます」

やれやれと言わんばかりに肩をすくめて男性はその場を立ち去って行った。

「まったく・・・おお、これは朝も早くから申し訳なかったな」

「いえ、・・・どうかされたのですか?何か凄い剣幕でしたが」

「いや、なに・・・『闇神』を譲れとぬかす馬鹿が・・・いや、これはお前さんには関係ない話、忘れなさい」

「は、はあ・・・」

「さて朝餉にしよう。準備は当に出来ておる」







朝食が終わった後、俺は率先して食器を洗い片付けてから社周辺をまず探る事から始めた。

(やはり・・・この周辺の地形、魂魄が極端に多い。この量であれば半永久的に封印は形成されるだろう)

(ここが特殊だと言うことですか?)

(いや、それが妙な事に地形自体には何の変哲も無い。むしろあの社が周囲の魂魄を続々と呼び寄せている)

(社が?)

(ああ、どうも、第四の封印は地でなくあの社そのものだったか・・・しかし、なぜだ?通常魂魄は浮遊霊で無い限り地を動く事は無い筈。それがここまでの量が集うとは・・・??)

(どうしました?)

(志貴・・・何か呼んだか?今誰かに呼ばれた気がしたのだが)

(いえ、俺は呼んでいませんし何も聞こえませんでしたが)

(そうか・・・気のせいか・・・)







それから数日、社やその周辺の地形、更に麓の村の資料館等にも立ち寄り調査を続ける日々を過ごした。

その間、あの中年の男は毎日現れては宮司さんと猛烈な勢いで舌戦を繰り広げていた。

しかし、それでも手がかりはつかめる事無く時間だけが空しく過ぎていった。

そしてここに訪れて四日目の夜。

夕食を終え部屋に戻ろうとした時、

「志貴・・・」

不意に鳳明さんが姿を現す。

「どうしたのですか?いきなり姿を現すとは珍しい」

「少し、連れて行って欲しい所があるのだが構わないか?」

「えっ?はい・・・」

首をかしげながらも鳳明さんがここまで深刻な表情を見せるのも珍しい為鳳明さんの指示通り夜の山を登り始めた。

「そこを右に・・・」

「はい・・・」

「ここから登ってくれ・・・」

「ええ・・・」

そうしておよそ数分後俺は中腹当たりの洞穴に到着していた。

そしてその中にそれはあった。

「志貴ここだ」

そこは古びた祠だった。

「鳳明さん?ここは?」

そうたずねながら俺はその祠を手持ちのペンライトを使い調べる。

かなり古い・・・おまけに手入れすらされていない。

だが、こんな洞穴にひっそりと建てられたおかげで傷みは驚くほど少ない。

「先日から呼ぶ声が聞こえているとは言ったよな?」

「はい」

そう言えば最初の日の頃にそんな事を言っていたな・・・

「その声がここから聞こえてくるようなんだ」

「ここから?」

俺は聞きなおした。

「ああそうだ。もっとも、この呼びかけをしている者は俺に限定しているわけではないがな」

「どう言う事です?」

「志貴に聞こえないのも当然だ。この声は俺のような憑依霊や浮遊霊に呼びかけていた様だからな」

「何故そんな事を?」

「第三の結界の形成を依頼する為さ。"この結果に封じ込められているものは大きな災いをもたらす。だから復活を妨げる為、力を貸してくれ"とな」

そこまで言った時だった。

(・・・誰か?)

祠から声が聞こえる。

「!!」

俺は咄嗟に『凶断』・『凶薙』を構えようとするが、

「志貴待て」

鳳明さんに静止される。

「鳳明さん?」

「志貴、感じないか?この気・・・」

「えっ?・・・この感覚は・・・」

「わかったか?おそらくここに封じられているのは俺やお前と同じ『凶夜』、それも遺産でない・・・」

そう俺もここまで来てようやく祠周辺に漂う気を把握する事が出来た。

この気の巨大さは紛れも無く『凶夜』特有の物。

だがその気には遺産で感じられた負の怨念に満ちた瘴気は微塵も無い。

そうしている内に祠からゆらりとその人が現れた。

一見すると旅の武芸者と言った出で立ちの男性が。

「ん?珍しい・・・というか初めてだなこんな奥地にまで生身の人間が入るとは・・・」

その男性はやや苦笑する。

「始めてお目にかかります」

俺は自然に礼をする。

「これは礼儀正しき者だ。貴殿達の名は?」

「俺の名は七夜志貴」

「!!七夜?」

「そうです。俺は七夜鳳明と申します」

「七夜・・・そうか・・・わが同胞か・・・私の名は七夜虎影と申す」

そう言い虎影さんもまた一礼した。

「それにしても驚いた・・・まさか同じ一族に出会おうとは・・・ん?・・・!!志貴よ」

「はい?」

「貴殿が持っているその刀『凶断』・『凶薙』では無いか?」

不意に虎影さんは俺の手に持たれた『凶断』・『凶薙』を見て驚愕の声を発した。

「え?何でこれの事を?」

「当然であろう、これを創ったのは私なのだから

あまりに自然に発せられたその台詞を危うく俺は聞き逃す所だった。

「な、なんですって?この二本を創ったのは虎影殿、貴方なのですか?」

「ああそうだ」

鳳明さんの呆然とした問い掛けに虎影さんは事も無げに頷いた。

まさかこのような場所で『凶断』・『凶薙』を創った『凶夜』に出会うとは・・・

「・・・では・・・虎影さん、いくつか伺いたいのですが・・・」

「ああ構わない」

俺はまず最初に尋ねた。

「あの社の『闇神』と言うのは何なのですか?」

「あれか・・・あれは『凶断』・『凶薙』が一つであった時の太刀『光神(こうしん)』の対の太刀」

「やはり『闇神』は魔殺刀・・・」

「そうだ」

「そうなると虎影さん、あの結界には何を『闇神』と共に封じているのですか?」

「・・・あれは・・・」

虎影さんは暫し迷っていたようだった。

しかし、鳳明さんがその迷いを見透かした様に言う。

「虎影殿、俺と志貴は『凶夜の遺産』の清算を行っています。もしや『闇神』には『遺産』に関係する何かがあるのではありませんか?」

その言葉に虎影さんは鳳明さんを暫し凝視した後

「・・・そうか・・・それで哀れなる魂達を幾つ解放した?」

「既に四つ」

「そこまで・・・良かろう・・・鳳明、貴殿の言うとおり、『闇神』には鬼は封じられている・・・『凶夜』と言う名の鬼が・・・」

それから虎影さんは語り始めたあの戦いの真相を。







「まず、この地にあらわれた、『凶夜』の魂の能力は他に類に見ないほど特殊な能力でな・・・奴は魂を抜き取り破壊する能力者だった」

「魂のみを・・・」

「そうだ。その様が他の人間には『魂を食らう鬼』に見えたのだろうな・・・事実、あれは通常の人では魂魄の略奪にあがらう事は出来ん。それこそ我ら『凶夜』級の力を保有しておらぬ限りは」

「それで虎影さんは何故ここに?やはりこの地に遺産があると聞いたからですか?」

「いや・・・私は最初ここに『凶夜』の魂があるとは露にも知らなかった」

「えっ?」

「私は元より死に場所を求めて諸国を彷徨っていたからな」

「し、死に場所?」

その答えに俺も鳳明さんも絶句した。

「そ、それは一体・・・」

「私は・・・お前達も知っているだろうが『凶夜』として処断されたとされているが実際には死に損なったのさ」

「死に損なった?」

「ああ、七夜に『凶夜』として処断される時、私は足を滑らせ谷底に墜落した。しかし、木の枝と水が私の命を永らえさせ、私は生き残った。しかし、七夜では既に私は『凶夜』として存在を消去された後、私には居場所が無くなった」

「「・・・・・・・」」

「貴殿達には判るかな?何処にも居場所が無く、故郷からも不要とされた者達の悲しみ、苦悩を・・・ふっ・・・すまんなつい愚痴を言ったようだ、そして私は人知れず彷徨う日々を続けた。そして辿り着いたのがここだった」

「では、『凶夜の遺産』と戦うと決意されたのも・・・」

「ああ、人々の為ではない。その鬼ならば私を殺してくれるだろうと言う自分勝手な理由からだった」

「ですが結果として虎影殿は、その遺産を打ち倒し封印を手伝われたのでしょう?それはそれで立派な理由と思われますが」

鳳明さんの言葉にやや驚いたような視線を向けた虎影さんはやがて微笑を浮かべて、

「・・・すまんな鳳明・・・話を戻そう。私が封印を執行したのは、あれを解放したままではあまりにも危険と判断した為だ」

「危険?」

「ああ、それ故私は取得した限りの封印の呪法をあの地に施した。あそこまで行いようやく封印を成し遂げたんだ・・・その後、私は鬼との闘いで被った傷がたたり、この地で土と果てたのだがな・・・しかし、今から思えばあれは諸刃の剣だった」

「どう言う事ですか?」

「あの封印は『闇神』から外に『凶夜』の魂を解放させない為に施した物だ。『闇神』の中に入ったあれは殆ど無傷に等しい・・・いや、下手をすれば『闇神』の力を吸収して更に強大な物となっている可能性すら存在する」

「・・・そんなに・・・」

「それで『闇神』からはあれほどまでに巨大な力を感じたのか・・・」

俺達は一斉に無言となった。

「鳳明さん、虎影さん、『闇神』は破壊しましょう。その魂ごと」

「ああ、それが最善だな」

「しかし、魂諸共殺す事が出来るのか?」

「志貴なら出来ます。志貴のもつ『直死の魔眼』なら」

「??『直死』?」

「はい、志貴には全ての死を見極める魔眼を保有しています。ですから『闇神』と一緒に『凶夜』の魂を殺す事も可能です」

「なるほどな・・・それしかあるまい。では私も同行させてくれないか?見ておきたいからな・・・『闇神』の最期を」

その言葉に俺は直ぐに頷いた。

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